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【Mummy-D×KOHEI JAPAN】徳川家康痛恨の敗北となった「三方ヶ原の戦い」 大出世を遂げた拠点・浜松城を訪ねて

Mummy-D&KOHEI JAPANの遠い目症候群#11

<Mummy-D&KOHEI JAPANの今日も遠い目で一献!>

 


歴史を肴に、美味しいお料理を堪能しながらゆるゆる語らうコーナー。

1日を振り返ってまいります。

執筆/チャック・ザ・ジッパー


 

お疲れさまでした!

Mummy-D(以下D):いやあ~、長篠・設楽原に続く静岡出張の後編ですが、暑さに負けずお疲れ様でした!

 

KOHEI JAPAN(以下コ):いやマジでビールがメチャメチャうまい!!

 

D:お前すげえ喉鳴らして飲んでんじゃん! ビールのCMに出られるぞ(笑)

 

コ:まあずっと我慢してたんですよ。昼間はなんとなく飲む雰囲気じゃなかったし。

 

D:まあな。で、記事的には前回の長篠・設楽原の後の取材になるわけで、今回はそこから南に下る感じで浜松周辺を見て周ったわけですが、まずは三方ヶ原はどうでしたか?

 

コ:実は来る前に大河ドラマ『どうする家康』を見直しておいたんだけど、あんだけ有名な戦いがあった場所なのに……なんにもなかったね。オレの「遠い目スキル」では難しかった。

 

D:市街地の中の霊園の隅に看板があって、あとは石碑。陣跡があったわけではないし難しいのは分かるけど、長篠に行った後だっただけに俺でさえ「遠い目」は難しかった(笑)

 

コ:一応Googleマップの評価では3.5で、みんな同じ写真をあげてたよ。

 

D:そりゃそうなるわ(笑)。とりあえず行った印象としては、あのエリア周辺は丘陵地とはいわれてるけど感覚的にはまっ平な地形が続いてたから、信玄は何であの場所を選んだのかなって思ったよね。もうちょっと地の利が出るところで待ち構えることも出来たはずだし。それは不思議だった。

 

コ:確か、武田信玄の軍は魚鱗の陣で待ち構えて、対する徳川家康軍は鶴翼の陣で向かって行ったんでしょ。

 

D:そうそう。それで家康はコテンパン。ひょっとしたらだけど、徳川方としてはあそこは負けた地だから、あまり大きく打ち出したくないのかもね。馬上で脱糞の話もあるし(笑)

 

コ:その後に行った犀ヶ崖資料館のVTRでも、お餅を食い逃げした話のほうが採用されてた(笑)

 

D:食い逃げって(笑)。とはいえ犀ヶ崖は良かったよ。資料館も小さいながら充実してたし、浜松城の近くにあんな深い崖があったのは驚きだわ!

 

コ:犀ヶ崖は三方ヶ原で負けた家康が一矢報いるために夜中に布の橋を架けて、そこに鉄砲隊で武田軍を追い込んで崖から落としたっていう伝承だよね。でも、そもそも布の橋はどうやって架けたんだって。

 

D:そこはいいじゃないですか深掘りしなくても(笑)。実際、平地でいきなりあんな崖があったら、そこに追い込もうとはするだろうし、布橋なんかなくても馬に乗ってたら突っ込んで行っちゃうかもしれないよ?

 

コ:確かに。付近が「布橋」っていう地名だったし、お餅にちなんだ「小豆餅」や「銭取」って地名もあるんでしょ? そう考えると本当にあった出来事なんだなって思えてくる。

 

D:だろ? 伝承なんだからそれでいいんだって。んで、その最後の浜松城。俺は2回目だったけど、コーヘイはどうだった?

 

コ:実はオレも2回目かな。歴史に全然興味ない頃に無理やり連れて来られて、「ほらこれが野面積みだよ」とか言われても「はぁ」としか答えられなかったけど……。

 

D:今日はすごくイイって言ってたじゃん。成長したな!

 

コ:やっぱイイよね多少知識が入って分かってくると。久々にああいうワイルドなものを見て感動したよ。

 

D:確かにワイルドだったねえ。粗野だけど丁寧というか。浜松城で確実に昔の物と分かっているものは石垣くらいしか残ってないのよね。堀もはっきり残ってないし、城域も曖昧なのよ。内部の展示パネルにあったけど、廃城後に私有地になって、さらに敷地内に動物園ができて、観光会社が動物園と天守台の間にロープウェイを通したらしいし。

 

コ:小田原城パターンだ。

 

D:んで、昭和33年に復興天守が完成してこの浜松エリアのシンボルになった。よそ者が「嬉しい」というのも違うけど、そういうのも含めてなんかイイじゃん!って思うんだよね。天守からの眺望も良かったし。……ということで締めに入るけど、今回の遠い目ポイントは3.5点くらいかな?

 

コ:オレも3点くらいかな。浜松は3か所くらいしか観られてないけど、やっぱ長篠・設楽原と比べちゃうとね。

 

 

D:まあ時間的・地理的な制約がどうしてもあるからね。歴史の出来事を順番通りに観ていくことはできないけど、それでもポイントポイントで新たな発見があるから。

 

コ:それが「遠い目」の醍醐味でもありますな。

 

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Mummy-D&KOHEI JAPAN(まみーでぃーあんどこーへいじゃぱん)
Mummy-D&KOHEI JAPANまみーでぃーあんどこーへいじゃぱん

Mummy-D(兄)
1970年横浜市生まれ。ラッパー、プロデューサー。1989年に宇多丸と出会いRHYMESTERを結成。日本のヒップホップ・シーンを、黎明期から開拓、牽引してきた立役者。近年は益々旺盛な音楽活動に加えて、役者業や、歴史好きが高じて、歴史にまつわるトークショウに登壇したり、桑名市の歴史観光PRアドバイザーを務めるなど、活躍が多岐にわたる。近作にライムスター・アルバム『Open The Window』(2023:Billboard週間8位/Billboard配信1位/オリコン週間12位)。2024年にキャリア35年目のソロデビュー! Mummy-Dソロアルバム『Bars of My Life』配信中。

HP: https://www.rhymester.jp
Instagram: @mistadrunk

 

KOHEI JAPAN(弟)
1971年横浜市生まれ、ラッパー、プロデューサー。1994年、ラッパーのKINらとメローイエローを結成。マチズモとは一線を画す、等身大でユニークな世界観が、その後の日本のシーンに多大な影響をもたらしている。またソロアーティストとしても活躍。「生活レベルの喜怒哀楽」を巧みにヒップホップに昇華して、報道番組、新聞各紙などでも特集されてきた。兄とともに歴史好きとしての一面も持ち合わせ、明治維新150年という節目に、佐賀藩の歴史をラップで紹介、肥前名護屋城跡PRムービーの楽曲制作を行うなどの活動も。近作に8月リリース、KOHEI JAPANシングル「Dance In The Dark」が配信中!
Instagram: @koheijapan_

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